エンクロージャー工作 409-8Eと低音、PST回路

エレクトロボイス409-8E使用の壁掛け式エンクロージャー 
以前から気になっていたスピーカーユニット、Electro-Voice409-8E。新品でも入手可能ですが作りのわりに高額。本国で買えば妥当な価格なのに個人輸入でも送料がかさんで高くなります。オークションで程度の良い中古を国内より入手できたので20年ぶりに箱を作ることにしました。

このユニット、評判は皆さん声を揃えて『ボーカル再生は得意だが低音が出ない』というもの。かなりソースを選ぶということですね。はじめはその点が不安で購入に踏み切れなかったのですが、同じく低音が出ないElectro-Voiceの205-8AにおいてPST回路を使ったところ非常に良かったので、低音の不足はPSTに任せれば良いと考えて購入しました。

用途は仕事場のBGM用。設置場所は壁面の天井に近い高所。場所の関係から左右幅は両CH合わせて800㎜ほどなので、WesternElectric社の8インチ標準箱と呼ばれている形状を逆さにして2つ連結したような形に。容量的にも同程度と思われ、設置条件的にはめいいっぱいの大きさです。学校の教室スピーカーの大きいものを想像するとわかりやすいかも。

計算すると補強桟を除いたエンクロージャー容量は約26.3L(片CH)。20cm口径用としては若干小さめになるでしょうか。PSTによる電気的なイコライジングを前提としたので、密閉型とすることにしました。
略図

材は12㎜厚の針葉樹合板、補強桟として1×2材を使用。大きさのわりに選択した板厚が薄く、余りの板を補強にまわしたこともあり、3×6サイズをほぼ使い切る程度でした。

この材は初めて使いましたが、ラワン合板と比べると軟らかい印象。ハンドツールでの加工が楽なのは良いですが、表面が工作中に傷つきやすいようです。気にする人は養生しながら作業したほうがよいかもしれません。自分は気にしないほうなんでバッフル板は盛大に傷だらけです(笑)。

人によって、『響きが良い』『乾燥に10年かかるから音が落ち着くまで時間がかかる』とかいろいろ言われてますね。実際のところはどうなんでしょう?厳密に材だけ違えて同条件で比較しないとわからないことですが、聴き比べたとしたなら材質の硬度に比例するように若干やわらかめの音なような気がします(あくまでも想像です)。

大まかなカットはホームセンターに依頼し、斜めカットや寸法合わせをしながら組み立てました。雑で性急な性格なんで、見た目気にせず造作ネジを隠さずに木工用ボンドと併用してます。

エンクロージャー内部 補強桟のようす
裏蓋を複数回の開閉を想定した皿ボルトと爪付きナットによる固定にします。蓋を嵌め込んだ状態でφ6㎜の穴を補強桟まで貫通。裏蓋側は皿ボルトが埋まるように加工。本体補強桟側はφ8㎜で開け直し桟裏側に爪付ナットを嵌めておきます。組立後で叩き込みは出来ないのでナットで締め付けて爪を食い込ませ固定しました。

ユニットの固定は内側よりビス止めの予定でしたが、やってみると材の薄さから心もとないので貫通穴を開けてボルト・ナット固定としました。

塗装はオイルステインで着色し速乾ニスを上塗りしています。


サランネットは、『専用の生地は高い』という理由で100均の麻製ランチョンマット。面積が広く枠に張って使うような場合はある程度の収縮性があったほうが使いやすいと思われますが、今回は裏側よりタッカーで止めるだけですので問題ありませんでした。音響的特性については、被せたものとそうでないものを比較実験したところ自分の耳では違いを感じ取れなかったのでこれも問題無しとします。

壁掛けの仕組み 断面図
15kg以上の重量と左右両CH分の大きさを一度に高所に持ち上げて固定する必要があり、壁に固定する仕組みは、図のような吊り戸棚などで使われる構造としました。

設置はまず持ち上げて壁に掛けておいてから、L字金具などで上方と前方に浮き上がらないように固定します。この構造にすることで一人で上げ下ろしが出来ます。

同じ用途の専用金具などが存在しそうなんですが、目的の耐荷重の物を見つけることが出来ず端材を丸鋸の角度切りでくさび状に加工しました。壁(正確には柱ですが)には造作ネジで、エンクロージャー側は裏蓋にボルトで固定し、要所は裏蓋固定ネジと共締めとなるようにしました。

~試聴・・・迷宮への入り口~
初めて聴くときはいつもワクワクしますね。初めての音出しは『なんじゃこりゃ~失敗かも』っていうものでした。PSTは未接続で前評判通り低域が弱いにもかかわらず、ポンポコした箱を叩いているような低音でとても聴いてられません。

イコライザーで電気的に低域を上下して特性を変化させても、基本的なポンポコ音は改善されず。どこか間違っているようです。

実は密閉型ということで、アコースティックエアサスペンションな効果をねらって吸音材を多量に詰めていたのです。本来は重いコーンでf0が低く強力なマグネットのユニットが適応なわけですが、真反対の特性ではやはりダメなようです(当たり前か)。

そこで吸音材を半分にして試聴したところ、改善の兆しは見えるもののくぐもったヌケの悪い低域です。

試しに裏蓋のスピーカー端子部分を外してみます。計算上は半径4.7cmでポート長12㎜のバスレフ型。若干豊かでゆったりめの低域になり少しだけ抜けが良くなったようです。

ここで無謀にもバッフル板に丸穴を開け半径2.5cm長さ5cmのダクトを入れてみました。結果は見事玉砕。もちろん低域の出方に変化はありますが、抜けの悪さに変化ありません。

さらに無謀なことに、ダクトを外し丸穴を9cm角に拡大。ポート長は板厚の12㎜としました。PSTなしの状態でそこそこの低域が出ていますが、抜けが悪いことは変わらず・・・。

もう次は裏蓋を外して後面開放型にするしかありません。このユニットは平面バッフルや後面開放型と相性が良いという記述もどこかにあった気がします。後面開放型となると壁に掛ける構造そのものを考えなおさなければなりません。とにかく試してみるべく裏蓋を開けて『開放型なら吸音材は無いほうが良いのか?』と考えたところで、『バスレフ型でもまだ多すぎるのではないか』と気付きました。

吸音材など内部のようす
今回は吸音材として衣料用の中厚地フリースを使用しています。重なった大部分を取り出し、2枚重ねでバッフル板を除く5面に貼りました。標準的なニードルフェルトなどよりはるかに薄い状態です。するとどうでしょう、鼻詰まりやポンポコ低音は解消されて霧が晴れたようにクリアに聴こえます。やっとまともな音になり、音質調整のスタートラインに立てました。全ての原因は吸音材が多すぎることのようで、バッフルに穴を開けたり、だいぶ遠回りをしてしまったようです。


~あらためて試聴~
箱とスピーカーユニットだけの素の状態で試聴します。以後吸音材は画像の通りで、現状は容量約26.3L、9cm角/ポート長12㎜のバスレフ型。

前評判通り、低域が少なくてハイ上がりな音で、明瞭な聴こえ方です。ノイジーな環境でも低い音圧レベルで遠くまで聞き取れます。本来の用途に適した特性ということでしょうか。ボーカルのみとかレンジの限定されたソースでは、そのままで心地よく聴いていられますが、低音から高音まで入っているソースだと途端にうるさく感じて音量を下げれば力感が失われます。

同じElectro-Voice205-8Aを7.9Lで半径2.4cm/ポート長5cmのバスレフ箱に入れたものと比較すると、低域の量感については若干出ているかなという程度。音圧レベルは低いもののより低域まで再生はされているようです。いずれにせよ、メーカー発表のF特通り似通った特性のユニットで、絶対的な低域が不足しています。

~PST回路の追加~
時代遅れの人間のせいか、イコライザをいじることに抵抗があったりします。昔の安物アナログイコライザを通して聴いたひどい印象が抜け切らないのかもしれません。『余計な物を介さないでダイレクトに聴く』のが一番だという考え方です。もちろんデジタルで処理するイコライザの音質劣化は少ないはずですから、上記の考え方からすればコイルと抵抗で構成されるPSTはアナログイコライザ側に属した代物で完全に矛盾していますね。

ただ、個人的にイコライザやトーンコントロールはソースや気分、最終的な調整手段として使いたいみたいなところがあるわけです。実際問題として、自分の再生装置にはその類がそもそも付いていないのが最大の理由ではあるのですが。

PST回路

テストのためにアンプの脇にPST回路を置き、コイルと抵抗値を変化させて試聴を繰返します。

はじめインピーダンス補正用の抵抗Bは入れずに試しましたが、抵抗Aの値を30Ωにしても、ほとんどPSTの効果が聴きとれませんでした。

抵抗Bの値2.2Ωは、シュミレーションソフトで低域のインピーダンスグラフが一番フラットになる値を選びました。この抵抗を入れることで劇的に低域増強(高域減衰)効果が出ます(当たり前?)。

テストに際し、オーデイオ用のコイルは高くて何個も購入できないので、チョークコイルとして売られている物を使ってみました。盛大にノイズがのるためにテストにしか使えませんが、ローパスフィルターの作動としては値どおりだと思われるので、インダクタンスの目安をつけるためには有用かもしれません。

結果、コイル3mH、抵抗A5.5Ω辺りが好みのバランスでした。低域の量としては十分。しかし、なんとなく緩い音に感じます。引き締まってないというか。

~ふりだし~
ここで、はじめの計画どおりの密閉型を試してみることにしました。テストにはダクトを二重のダンボールで塞ぎました。すると、低域が引き締まり、かつより低い方まで伸びているようです。

はじめから抵抗値のテストをやり直し、4.3Ωに決定。低音不足にはまったく感じません。



~失敗・もう一度ふりだし~
上記の状態で二週間ほど聴いて最終的な決定としました。きちんと配線し直して箱のなかにPST回路を仕込みます。バスレフダクトのダンボールを外して、裏側より合板で塞ぎました。

スピーカーを設置して聴いてみると、なんということでしょう、PSTの効果は出ているものの低域が減ってハイ上がりの音になってしまっています。変化させたのはダクト廻りだけなので、テストで塞いでいたダンボールがドロンコーンのような働きをしていたのではないかと思われます。

ダンボールドロンコーンの音も良いのですが、それに戻すわけにもいかないので、もう一度回路を箱から取り出し、完全密閉型としてはじめからPSTのテストをし直します。

~最終決定~
テストの結果、最終的な仕様は
・ユニット:Electro-Voice409-8E(8Ω)
・厚さ12㎜、針葉樹合板による密閉型エンクロージャー。吸音材は少量。
・コイズミオリジナル3mHコアコイル+TAKMAN5.6Ω/20Wセメント抵抗のPST回路と2.2Ω/20Wのインピーダンス補正用セメント抵抗
となりました。

できるだけ簡単・確実に一人で設置や取り外しが出来るようにはしてあるものの、他の場所で試聴するとかなりの差異があるため、作り始めてから最終的な設置まで20回ほど上げ下ろしすることになってしまいました。所々で遠回りしたせいもあるのですが、さすがにしんどいものがありました。

~しばらく聴いてみて~
FOSTEX F120AからElectro-Voice205-8Aに替えた時EVのユニットに感じたように、このユニットもまたかなりくせのあるユニットであることに間違いはありません。素の状態ではソースによって、『ちょっとうるさい』とか『薄っぺらい音に感じる』とか感じることがある反面、すごく生々しく聴こえたり心地よく聴こえたりする瞬間があるところが魅力だと思います。

そんな良い部分を残しつつ、ある程度幅広いソースが心地よく聴ける状態が目標でした。設置場所では唯一のメインスピーカーですから、そうでなくてはならないのですが。

全体的に繊細ではないものの、一つ一つの音が分離してはっきり聴こえる傾向です。長引いたりすること無く、すぱっと消えるので豊かな中にも歯切れがある低域です。205より高域は伸びて繊細に聴こえ、同じ傾向ではあるものの409のほうがボーカルがはっきり聴こえる度合いが大きいようです。『コレはバランス悪くて聴いてられないな』というのはなくなり、どんな曲でもそれなりに気持よく聴けるようになりましたが、依然ソース・楽曲によってばらつきがあり、若干量トーンコントロールをいじりたくなるのは、F特の凸凹がまだまだ大きく残っているせいでしょうか。

10/12cm口径のフルレンジを使っていて8inch・20cmのユニットを考えると、『溢れ出る低域』を想像してしまいがちだったんですが、そうでもなく『しっかりした低域』程度でしょうか。ユニット自体が元々再生していなければ箱の形式やPSTでも出すことはできないわけで、その点においては205よりずっとすぐれています。

PSTは人によって邪道だと言われそうです。操作上の好みや使い勝手を含めてデジタルなイコライザが使用できる環境であればそれに越したことはないでしょう。余計な回路を通すことによる音質劣化分は自分の耳が疎いのかほとんど聴きとれませんでした。それよりバランスが取れることによる向上分の方がはるかに大きいように感じます。また、音の好みの点から低域不足を考えずに密閉型が選択できるのもメリットでした。

Eric Clapton アンプラグド:
全体のバランスもよくアコースティックギターが艶めかしく聴こえます。パーカッションもだるくなりません。

Eric Clapton CHANGE THE WORLD:
若干低域を絞りたい感じか。力強い低域とそれに負けない中高域が心地よい。

カーペンターズ:
キンキンという意味ではなく、ゆったりとした低域は十分以上出ているのに眠たい音にならない。埋もれてしまいがちな低域のアタック音がしっかり聴き取れる。

ASIA:
小音量では若干やせて聴こえる。ごく低い音がもう少し出ていると良いような。

TOTO:
バランスはよく聴こえる。TOTOも意外に眠たい音になりがちだが、それがない。

アリス:
カーペンターズと同じく眠たい音にはならず高域もしっかり聞こえるが、バランスとしては低域よりに聴こえる。

ドヴォルザーク 新世界:
高低のバランスが悪い素の状態と違い、フルオーケストラでも十分以上に聴ける。低域の量感は十分だが、80Hz以下の低域のレベルがもっとあれば良いのかも。

ヴィヴァルディ 四季:
問題なく聴ける。弦楽器のつややかな響きが心地よい。

Michael Jackson:
バランスよく聴こえる。ビートがブーミーにならずキレキレなのが気持ち良い。

George Benson:
なぜかおとなしめの音で、若干ナローレンジに聴こえる。ほんの少し中高域を上げたくなる感じ。
後日聴き直してみると、ちょっとだけ音量を上げることでバランスよく聴こえるように。

小田和正:
素の状態でもボーカルはよく聞こえていたが、低域が出るようになって肉声感が増して生々しく聴こえるようになった。

CHAGE and ASKA:
埋もれがちなASKAの声がしっかり聴こえる。

仕事しながら聴くスピーカーですので、毎日のように使用しています。その度に『この曲はこんな音も入ってたんだ』と思ったり、ハッとするような音がしたりして楽しませてくれています。

最後に、わざわざ秋葉原までおつかいに行ってくれたY氏に感謝!






4 件のコメント:

ながた さんのコメント...

お疲れ様です。専門誌に投稿できそうな内容ですね。

mini_cyari さんのコメント...

いつもコメントどうもです。

とてもじゃないけど専門誌になど引っかかるような内容ではありませんよ。この手は深海のような深みまで存在しますから。

ディープな人たちがゴマンと居ます。

自分の記事は『ちょっといたずらしてみました』って程度でしょうね。

しかし、久しぶりにワクワクさせてもらいました。

匿名 さんのコメント...

mini_cyariさん 鉄缶と申します。
どうぞ一つ教えてください。最近PSTに興味を持ち試行している者ですが、
貴ネットワークにおいて、スピーカーにパラレルに設置されている抵抗B2.2Ωが良く理解できなくて居ります。
インピータンス補正との事ですが、スピーカーのf0を下げる効果を狙ったものでしょうか?
値が2.2Ωとの事ですが、8Ωヴォイスコイルと並列としますと、電力は殆んど2.2Ωの抵抗の方に流れ、
スピーカーからの音は小さくなってしまうのではないでしょうか?ひょっとしたら22Ωの標記お間違いでしょうか?それでしたら理解出来ます。浅学の電気生にて良くわからないところだらけです。どうかご教授をお願いいたします。

mini_cyari さんのコメント...

鉄缶さん
コメントありがとうございます。アラートメールが迷惑メールに振り分けられていて、今しがた気が付きました。
2014年の記事ですので記憶が曖昧です。保存画像を確認(記事にもUPしておきました)したところ抵抗Bの値は2.2Ωで間違いありません。この抵抗は変化させてテストはしていないので、最終的にも実際にこの値です。
その根拠は・・・自分も電気に詳しくないので・・・当時の資料も見返して確認してみます。